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「『我思う、故に我あり』、か。ならば差し詰め私はこうだな、『我喫煙する、故に我あり』」
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時は今、新世紀に入って、昭和最後の世代が社会に旅立とうという頃。日本はS県S市に、明治はプロイツェン末期から、NSを支え続けた親衛隊を思わせる集団が、続々と集結しつつあった。
黒革の椅子に座り、縁のない眼鏡をかけた、シルバーブロンドの髪を持つ男──通称、理事長。年の頃は三十の半ばに見え、しかし年を感じさせないスリムな容姿をしている。少しばかり化粧をすればしっかりと二十代に見えそうな、下手をすれば美青年とも呼べそうな男だった。
その側でコーヒーを淹れながら呆れている金髪の女性は、通称、主席秘書官。妙齢な容姿から年齢を判断するのは困難で、若いとしか言いようがない。
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「おおっ、そこだっ、行けっ、放てっ、シュートだ、シュートォー!」 |
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黒ビール片手にスーツを着崩し、テレビのサッカー観戦に熱中している長身で髪を刈り込んだ丸眼鏡の男は、通称、政治指導官。 |
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そして、スーパーの袋を二つも三つもぶら下げて帰ってきた、一見柄の悪い赤のロン毛男──通称、大尉。
現在日本にいる「連合中央執行委員会」の高級党員は、以上の四名のみである。明日、更に数名が来日するとのことで、委員会本部は総出で送迎の準備に当たっている。
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主席秘書官が、理事長に問いかける。当の本人は、火のついていない葉巻をペン回しのようにくるくる回していた。
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「一つお聞きしたいことがあるのですが」 |
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理事長が手を滑らせ、葉巻を取り落として再び拾おうとした時、委員会の本部に激震が走った。
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やにわに理事長の机に両手を叩きつけ、激昂する主席秘書官。 |
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「国家社会主義ドイツ労働者党の正式な後継たる連合中央執行委員会が、理事長猊下の自宅を本部にしているのですか!」
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S県S市の中でも、本部こと理事長の自宅は駅から遠く離れた住宅地にある。更にその中でも最もみすぼらしい築三十年のアパートが、それも一階のど真ん中にちんまりとある一室だけが、六十年以上前に栄えた国家の末裔が住む楼閣であり、その末裔が組織した委員会の中枢であった。
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「だ、第四帝国はこれから始まるんだ。後に覚醒する貧乏学生のように。今は我慢だよ、我慢」
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「そうだとして、何故ホテルでもなんでも貸し切るくらいのことをなさらないのですか! 一般の党員にも示しがつきません!」
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「ああ、総統閣下がここにおられたら、イタリア軍にもっと根性があったなら……我々は一体どれほどの世界を掌握できたことでしょう! 日帝は、山本五十六元帥は、立派な軍神でありました。それが今や、理事長猊下がこの半世紀にここまで凋落したとあらば、閣下は──」
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「あー、分かった、分かった。すまん。だからその銃をしまってくれ、しまってください」
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懐から引き抜いたグロック17Cを、主席秘書官はしまう。 |
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「『戦闘時以外は暴発防止のために弾薬を込めない』、私が仮に引き金を引いても、何も起きませんよ」
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常時、この調子である。ベイルートでもモガディシュでも、ましてサマワやトラボラでもない平和な日本にあって、第四帝国を再興するだけの意気地を引き出せという方が無理な話であった。しかしそうかといって、党高級幹部のニュルンベルク裁判より後、地球中に散らばった元NS党員を一箇所に集めようというのも、戦後すぐの情勢は余りにも無謀すぎる計画といわざるを得なかった。
逃げた。逃げ続けた。ドレスデンの無差別爆撃以上に、ドイツ中をくまなく当局に捜索される日々は、地獄以上のものだった。絶滅を免れたユダヤ人たちの復讐は日増しに激しくなり、連合軍の追跡は新聞、ラジオ、雑誌、どんなものでも使って行われていたから、身を隠すどころか安宿一つ泊まれなかった。疲弊した彼らは身を寄せ合うことすら許されず、いっそのことシベリアでバム鉄道の敷設工事でもさせられていた方がよっぽどましだった。
時は流れて数年後、東京裁判で時の天皇が無罪となり、朝鮮戦争の特需で日本の経済が吹き返しを見せてから、国民は元より政府も、西側国家の一員として共産党員を駆逐するのに手間を取られすぎた。だから、国粋主義者のドイツ人を幾人か入国させるのに、何も注意を払うことはなかった。
そうして密かな亡命を果たした、僅かな数人の生き残り。NSの元高級党員たちは、南米に散ったかつての同志たちが次々と逮捕されていく報せを聞いて心を痛めたが、どうすることもできなかった。
時は今、平成の世。戦後六十年を経て、最も多くの戦犯を逮捕したジーモン・ヴィーゼンタールが死んだことにより、ようやく当時の仲間を集められるようになった。しかし時は既に遅く、逮捕の報せがなかった仲間たちからは、今度は訃報ばかりが届くようになってしまった。しかも、ヴィーゼンタール亡き世界とはいえ、NS戦犯追跡の魔手は今も伸び続けられている。世紀を跨いで尚、ユダヤ人たちの復讐は未だ続いているのだった。
もう、駄目なのか──そんな時に現れた救世の女がいた。ドレスクラーがNSに復党した直後から入党し、関東軍から多量の生物兵器に関する資料を秘密裏に入手して、ずっと研究を重ねていた狂科学者だった。名を、エリス・シュレーダー。
人間の細胞を、収容所の人間からサンプルを大量に取って研究していた彼女は、終戦直前に細胞の増殖を無限に持続させる手法──テロメア特異性の応用法を確立し、不老不死に至った。当時、未だ二十代の半ばだった。
散逸していたNS専属研究者の資料を再収集し、再び不老不死に至る手術法を確立した。
そして連合中央執行委員会に全てを伝授したその夜、シュレーダー博士は齢八十を超えた身体を静かに眠りへと就かせたのだった。まさに、奇跡であった。例え彼女であっても、不慮の爆発事故までは回避出来なかった。噂に寄ればはユダヤ当局の暗殺とも囁かれているが、シュレーダーは亡くなったのだった。
研究は余りにも高度であったため誰にも引き継げず、科学技術委員会飼育生物生態科学技術研究所の士気は下がる一方だった。所長の椅子は長らく冷たいままで、今も暫定で上位の科学技術委員長が兼任している。しかもその科学技術委員長さえも、理事長が兼任している有様である。下位組織である兵器開発局が踏ん張っていなければ、今頃、資料という資料が使い物にならなくほどの弱体化だった。 |
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「シュレーダー博士も亡き今、全てを負って立ち上がれるのは猊下、貴方しかいないのです。せめて、一般の党員に慕われる人徳と威厳を──」
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日本に来てからこの方、戦争は国家社会主義の是非であるにも関わらず、事変はおろか武力闘争すら一切経験していなかった。理事長以下三名は、せっかく若返った身体を持て余す日々がずっと続いていたのだった。 |
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「ところで理事長、今日は相談役殿が来るんじゃなかったのか?」
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シュートが枠に当たってあらぬ方向へ飛んで行き、悔しそうにため息を漏らしていた政治指導官が、思い出したようにぼそっと言った。 |
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理事長は慌てたように立ち上がり、鈍った身体で応接室兼ダイニングへと直行した。あまりにもぐちゃぐちゃな部屋模様だったので、せめて散乱した着替えくらいは何とかしておきたかった。 |
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妙にハスキーな声が聞こえたかと思うと、およそその場には相応しくない少女が躍り出てきた。
胸元や頭の後ろについた大きなリボンに、抑え目とはいえフリルのついたオレンジのエプロンドレス。耳の後ろで結んだ長い髪。どこからどうみても、巷で流行っているメイドカフェのウェイトレスそのものだった。 |
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しかし、その風貌とは裏腹に、明らかに人間が抱えられそうな量を遥かに超えた服を一度に持ち上げた。そのまま洗濯籠の中へ放り込み、洗剤を入れてスイッチを押す。
同じようにして、鮮やかにゴミはゴミ箱へ、本は本棚へ、パソコンは書斎へと、あっという間に収まっていった。 |
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それが終ると、今度は掃除。古典的に箒を掃きながら埃を払い、雑巾であちこちを拭いてどこもかしこもピカピカにしていった。 |
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「えっへん、アルはこれくらいちょちょいのちょーいなんですよ!」
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えっへんと胸を張る彼女は、無論人間ではない。
「オペレーション・ネオレーベンスボルン」。連合中央執行委員会主導の元、科学技術委員会、専守防衛委員会の三委員会共同プロジェクトによって製造されたロボットである。
女性とは思えないほど高い背。むしろ巨大といってもいい。今この場にいる中で最も長身の大尉でさえ、並んだら甲乙つけがたいほどだ。妙にデフォルメされた、平たく愛くるしい造詣の顔。ぴょんと立った漫画のようなアホ毛。濃青に彩色された髪は実際に伸び、思考ルーチンは極限までにスマート化され人間同様、否それ以上に優秀な頭脳を持ち合わせている。
はずだった。
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洗濯機からぼこぼこと泡の猛烈に立つ音が聞こえたかと思うと、じわじわと漏れ出してきた。 |
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しかし、もう遅い。大尉が洗濯機に辿り着く前に、入れすぎた洗剤が爆発した。 |
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本棚に納まった本は、よく見るまでもなく上下は逆さま、背表紙を向けない、借り物とそうでないものの区別もまともについていなかった。輝かんばかりの床も、確かに大部分はそうだが、肝心の隅っこがおざなりだった。。 |
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大尉が呆れたように顔を両手で覆い、遠い目をする。窓から見上げた空に輝く太陽は未だ高かったが、直に傾くだろう。
結局アルがまともにできたのは、ゴミ捨てだけだった。必要な書類まで捨てないよう、範囲をカップ麺の空き箱とか、飲み終ったジュース缶、洟をかんだティッシュなど、明らかに不必要なものだけに限定させたのが効を奏したのだろう。 |
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そう言いながら音もなくひっそりと現れたのは、室内だというのに上着を着た少女。背丈はアルと違い通常の少女そのもので、顔やスレンダーな体つきを勘定すれば「美」をつけてもまったく遜色がない。セミロングの茶髪に茶色の目、ワイシャツにネクタイ、ハイソックスと、英国はキングス校の制服を模した出で立ちをしている。但しスカートはプリーツで、全体的に紺色の服装は、アルと並んでいれば綺麗に映える。 |
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ぺこんと謝るアル。その拍子に壁へ頭をぶつけて、ボロアパートはグラグラ、一方のアルはへっちゃら。
一分も経たないうちに、チャイムが鳴る。
「あのー、ここ響きやすいから静かにして欲しいんですけど」
隣の部屋からの苦情だった。それも三件。右、左、そして上から。 |
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大尉が言いつけると、すっかり萎れてアルは部屋の片隅に戻っていった。 |
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「人間は、『悲しい』って感じられるです。『ヒマだ』って、感じられるです。私も、人間みたいに感じてみたいです……」
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ちょこんと座り込んで、スリープモードへ落とす。数十秒で、アルはシリコンと電子回路の塊となり、命の鼓動がないただの人形になった。 |
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主席秘書官が制服美少女へと問いかける。エルはかぶりを振って、「なんでもない」と言った。 |
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「あの娘がまたバカなことをしたんじゃないかと思って来たけど、案の定だったから」
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雑巾とバケツを主席秘書官から受け取ると、廊下を隅々まで拭き通して、ついでに台所のゴミを片付けた。洗濯機に入っていた服を再び洗い直して、今度は本棚へと向かう。 |
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「これは図書館からの借り物、これは相談役からの借り物、これは理事長の本──」
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アルと違い、一瞬で乱雑に散らばった本をストレージ内で分析、再分類して著者順に並べ始めた。右の本棚から、借り物、書類、理事長の私物と並べていく。重要書類は文面をスキャニングして内容をコピーし、シュレッダーに放り込む。 |
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「……はぁ、四角い部屋を丸く掃除するなと何度教えても直らないんだから」
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掃除機を取りに行こうとしたエルに、「はい」と理事長が差し出す。
しかし、エルはキッと理事長を睨みつけると、奪い取るように掃除機を取り上げて、床の細かいゴミを吸い取り始めた。 |
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理事長は肩をすくめると、自分もデスク周りを掃除し始めた。相談役が来る前にすっかり片付けてしまわないと、なんと言われることやら── |
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最悪のタイミング。相談役がトランクを持って入ってきた。 |
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ガチャリと応接室を開ける。そこには、まだ掃除中のエルがいた。 |
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エルは素早く懐へ手を差し入れた。コンマ一秒で取り出したのは、ベレッタM92-E1A。黒光りする拳銃を蛍光灯の元で、躊躇いなく彼女は発射した。 |
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テーブルの後ろに素早く回り込んで尚も射撃。しかしそのいずれも外れ、壁やドアに穴を開けたに過ぎなかった。 |
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主席秘書官が怒鳴りつけると、弾かれたように止まり、引き金に掛かった指を硬直させた。 |
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「相変わらず面白い娘だね、中々やる。だがまだ若い」
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ひらりひらりと銃弾をかわし続けた相談役は、理事長へと向き直った。 |
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「しかし、味方にまで銃口を向けるようなアンドロイドを扱おうなんざ、自分の秘書も扱いきれないお前には無用の長物じゃないかい、なぁ、理事長?」
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縮こまる理事長。そこへ、主席秘書官が口をはさむ。 |
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「相談役様、一度ガツンとお願いします。最近の猊下ときたら、食っちゃ寝、食っちゃ寝の自堕落な生活ばかりで」
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「いや待て主席秘書官、ワタシはちゃんと定職に就いていてだね……」
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「おい理事長、お前、ちょっと来い。詳しく聞こうじゃないか」
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いつの間にか、エルはどこかにいなくなっていた。
小一時間、理事長は自宅のダイニングに監禁されていた。途中で一度二度銃声らしき破裂音が聞こえたが、誰も気にしなかった。
消音器か働いていたおかげで「チュン」という小さな音がしなかったから、ご近所さんには優しかったのだった。 |
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号令と共に、主席秘書官、政治指導官、そして大尉が一室に集まった。
妙齢の女性という表現がぴったりな主席秘書官に対し、相談役は確実に婚齢期を過ぎているようだった。しかしそれが却って落ち着いた雰囲気を与え、年を経たオーラは理事長のそれを上回る鋭さを誇っていた。健常な社会で育った女性とは思えず、世界中の激戦地を潜り抜けてきたかのような畏怖と戦慄を感じさせる。 |
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「貴殿らも承知の通り、明日にはこのS県S市に二名の元親衛隊メンバーがやって来る。それに伴い、一部の一般・準党員を警護に当たらせる。到着予定時刻は日本時間で午前二時半、場所は青森県青森市、新中央埠頭。理事長、主席秘書官、お前たち二人を現地へ向かわせる。途中、宮城県仙台市で一人現地参謀を拾っていく予定だ。さぁ、今から用意しろ。四十秒で支度しな」 |
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一声で全てを言い切ると、相談役は二人を駆り立て始めた。 |
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慌てふためいて着替えを探す理事長に、主席秘書官がさらりと言った。 |
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「早くしろ、もたもたしてるとその尻に爆薬埋め込んで手早く動かせるぞ」
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「Jawohl, Herr Commandant! 早急に準備致しますッ!」
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ワイシャツを取りに行き、皺くちゃの物しかなかったので仕方なく最もましなのを着る。上着もまた古めかしい薄茶色──昭和が終った頃はもう少し濃かった──のツィードを羽織って懐にミラ・ショーンのメンソールを入れた。あとは財布と携帯をスラックスの中に突っ込んで、もう準備は終り。 |
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「猊下、もう少しだけ外出の習慣があればそれくらいは分かると思いますが……」
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理事長が車のキーを取りに行こうとしたところ、相談役から投げられてきた。 |
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時々相談役は妙なことを言う。しかし、『泊まる』などとは意外な発言だった。相談役どころか、理事長の個人的な友人さえ、誰一人泊まることのない狭いアパートである。家の中に四人と二体がいて、どうして部屋が満杯にならずに済むのか不思議なくらいだった。 |
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最敬礼の後、リビング兼女性陣の寝室、ダイニング兼応接室兼男性陣の寝室、それから台所や洗濯機のある廊下。たった二部屋しかない手狭な空間から、理事長と主席秘書官は青空へと躍り出た。 |
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「しかし、変だな。ウチの車はいい加減オンボロだから貸してくれるのはいいとして、何で泊まっていこうなんて……?」
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「相談役様には相談役様なりのお考えがあるのでしょう。私たちも急ぎますよ。猊下が説教を頂いていたせいで、既に予定が迫り気味となっています」
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黒のサルーンにエンジンキーを入れると、力強い馬力が伝わってきた。流石というか、相談役の資金力は桁が違う。 |
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「うーん……まさかこれを貸してくれるためだけにわざわざ来た訳でもないだろうし……ま、取り敢えず青森まで行こう。東北道に乗っていくんだよね?」
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主席秘書官はアクセルを踏み、S市を出発した。ガソリンは事前に満タンにしていてくれたのか、メーターが「F」の場所を指している。 |
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「ネズミ捕りには注意してくれよ、ワタシたちは余り大げさに動けないんだから」
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「……ワタシの求心力って、主席秘書官にも信用されない程低下したかなぁ?」
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「回復なされたいのであれば、自ら行動を起こし下さいませ、猊下」
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しかしこの時、既に連合中央執行委員会に小さな危機が迫っていたことを、理事長は元より政治指導官、大尉そして相談役さえも気付いていないのだった。
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